2013年05月04日
5月4日 大坂夏の陣 四天王寺に散った真田幸村の夢
本日の京都さんぽは、
なにわたび第2弾!
「 大坂夏の陣 」
四天王寺に散った真田幸村の夢
と題し、大阪・四天王寺界隈を散策しました。
( 2012年開催 「 大坂冬の陣 」は こちら )
本日のご案内は・・・
戦国スペシャリスト!らくたび代表 山村 純也
集合の四天王寺駅には38名の参加者さまがご集結してくださいました。
ありがとうございます。いざ、大坂夏の陣に出陣じゃ~!

【 堀越神社 】

「 堀越 」の名前の由来は、和気清麻呂が築いた「 堀を越えたところ 」に
あるからだそうです。こちらでは、一生に一度のお願いごとを
祈願するとご利益があるそうな・・・(笑)

ご神木のクスノキからパワーをいただきました。
【 四天王寺 】
約1400年前、聖徳太子にによって、鎮護国家の道場として、また
済世利民の実践所として創建された日本初の官寺です。

西側の石の鳥居は、日本で3番目に古い鳥居です。

度重なる戦乱の被害を受け、建物は焼失と再建を繰り返してきました。

現在の伽藍は昭和30年代、飛鳥時代の創建当初の様式、規模で
再建したもので「 四天王寺式伽藍 」と呼ばれる配置になっています。
京都の寺院で見る伽藍配置との違いがわかっておもしろい!

【 愛染堂 】


今でいう、福祉施設として四天王寺と同時期に創建されました。

縁結びの霊木・愛染かつら。
ここで愛を誓ったカップル
は絶対に別れないとか・・・(笑)
【 大江神社 】
かつてはこのあたりまで、海が広がっていたそうで、水上安全の神さまが
お祀りされています。



山村 : この奥にちょっとおもしろい場所がありまして・・・
好き嫌いはあると思いますが、大阪の方は好きだと思います。
何やら意味ありげないい方で・・・ えっ??何?何?

先にあったものは・・・

阪神タイガースファンの祈願所(?)
もとはこの場所に毘沙門天が祀られていたそうですが、空襲等の被害を
受けてなくなったあと、毘沙門天のお使い=トラ
にちなんで、狛トラが
奉納されたそうです。さすが!大阪~!
【 清水寺 】
四天王寺の支院であり、聖徳太子作の伝承を持つ千手観音像を、
京都の清水寺から譲り受けてご本尊としたといわれています。

境内の奥に入っていくと京都の清水寺の音羽の滝にそっくりな
「 玉出の滝 」と呼ばれる滝がありました。
山村 : 「 滝があるということは・・・ 清水の舞台もちゃんとあるんです! 」
ということで、清水の舞台を目指して階段を上ると・・・

わぁぁぁ~!ホントに舞台だ!

かつては、海が見渡せたという清水の舞台。今では高層ビル群が見えます!

奥に見えるのは通天閣。清水の舞台と通天閣のコラボレーションです。
【 安居神社 】
少彦名神、菅原道真を祀る古社。昌泰4(901)年、菅原道真が太宰府に左遷
される時、河内の道明寺にいた伯母を訪ねて行く途中、ここへ立ち寄ったそう。
その時、道真に同情した村人がおこしを差し上げると、お礼にと菅原家の紋所
「 梅鉢 」をもらったことから、大阪名物の「 粟おこし 」の商標が梅鉢となったと
いわれています。意外なつながりにビックリ!

慶長20(1615)年5月、大坂夏の陣において、豊臣方の武将・真田幸村が
最期を迎えた場所でもあります。

山村いわく、真田幸村を一言でいうと“ 武将が憧れた武将 ” だそう。

幸村は3000の兵を率いて、徳川家康の首をとることだけにターゲットを
定め、突撃を敢行。その鬼気迫る戦いの結果、家康の本陣まで
たどり着き、ついに家康の旗印を倒しました。家康は踏み倒された
自らの旗印を見て、もはやこれまで・・・と2度も切腹しようとしましたが、
側近らによって、なんとか命をつなぎました。
幸村は奮戦を続けましたが、やはり、多勢に無勢・・・
さすがの幸村も追い詰められ、この地で最期を遂げたそうです。

山村が幸村の戦いぶりを臨場感たっぷりにご紹介しました。
大勢の方に自らの戦いぶりをきいてもらって、幸村さんも嬉しかったことでしょう。

【 一心寺 】
文治元(1185)年、法然上人が四天王寺西門の西側あたりに、草庵を結んだことに
始まりとされています。平安末期には後白河法皇もこの地で、西方に沈みゆく太陽に
向かって念仏を唱え、極楽生涯を願う「 日想観 」の修行を行ったといわれています。
大坂冬・夏の陣では徳川家康の本陣はこの地に置かれました。
また「 お骨佛の寺 」としても知られ、江戸時代末期から宗派を問わず人びとが
納骨に訪れ、その納骨でもって「 お骨佛 」がつくられ安置されています。
ご住職さんが建築家でもあるそうで、ミュージアムのような建築もありました。

【 新世界 】
本日のゴールに到着です!すごい、ディープなエリアですね。
私は新世界に行ったのが初めてだったので、ビックリしました

ご参加いただきました皆さま、ありがとうございました。
今後も 「 なにわたび 」 を開催できればと思いますので、
どうぞよろしくお願い致します。
【 散策の後は・・・ 】

新世界といえば・・・ 串カツ。
いつ行くの? 今でしょ!
というわけで・・・

串かつ一本80円~と安さとおいしさを兼ねそろえたネタはなんと40種以上!
レンコン、さつま芋が特においしかったです!
◆ 串カツ・どて焼きの 壱番 公式HP こちら へ
びっくりしたのは、このお店 「 24時間営業 」だそう(笑)
朝ごはんに串カツが食べられるんだ~!

テレビでしか見たことのなかったこの風景を、大阪出身の
会員さまの案内で「 串カツさんぽ 」しました。

いや~、楽しい一日でした。
ご参加いただきました皆さま、ありがとうございました。
「 今度は鶴橋で焼き肉食べたいな~ 」なんて話も出てました~!
散策のご案内 / らくたび代表 山村
添乗・文・写真 / らくたび 森
なにわたび第2弾!
「 大坂夏の陣 」
四天王寺に散った真田幸村の夢
と題し、大阪・四天王寺界隈を散策しました。
( 2012年開催 「 大坂冬の陣 」は こちら )
本日のご案内は・・・
戦国スペシャリスト!らくたび代表 山村 純也

集合の四天王寺駅には38名の参加者さまがご集結してくださいました。
ありがとうございます。いざ、大坂夏の陣に出陣じゃ~!
【 堀越神社 】
「 堀越 」の名前の由来は、和気清麻呂が築いた「 堀を越えたところ 」に
あるからだそうです。こちらでは、一生に一度のお願いごとを
祈願するとご利益があるそうな・・・(笑)
ご神木のクスノキからパワーをいただきました。
【 四天王寺 】
約1400年前、聖徳太子にによって、鎮護国家の道場として、また
済世利民の実践所として創建された日本初の官寺です。
西側の石の鳥居は、日本で3番目に古い鳥居です。
度重なる戦乱の被害を受け、建物は焼失と再建を繰り返してきました。
現在の伽藍は昭和30年代、飛鳥時代の創建当初の様式、規模で
再建したもので「 四天王寺式伽藍 」と呼ばれる配置になっています。
京都の寺院で見る伽藍配置との違いがわかっておもしろい!
【 愛染堂 】
今でいう、福祉施設として四天王寺と同時期に創建されました。
縁結びの霊木・愛染かつら。
ここで愛を誓ったカップル

【 大江神社 】
かつてはこのあたりまで、海が広がっていたそうで、水上安全の神さまが
お祀りされています。
山村 : この奥にちょっとおもしろい場所がありまして・・・
好き嫌いはあると思いますが、大阪の方は好きだと思います。
何やら意味ありげないい方で・・・ えっ??何?何?

先にあったものは・・・
阪神タイガースファンの祈願所(?)
もとはこの場所に毘沙門天が祀られていたそうですが、空襲等の被害を
受けてなくなったあと、毘沙門天のお使い=トラ

奉納されたそうです。さすが!大阪~!
【 清水寺 】
四天王寺の支院であり、聖徳太子作の伝承を持つ千手観音像を、
京都の清水寺から譲り受けてご本尊としたといわれています。
境内の奥に入っていくと京都の清水寺の音羽の滝にそっくりな
「 玉出の滝 」と呼ばれる滝がありました。
山村 : 「 滝があるということは・・・ 清水の舞台もちゃんとあるんです! 」
ということで、清水の舞台を目指して階段を上ると・・・
わぁぁぁ~!ホントに舞台だ!
かつては、海が見渡せたという清水の舞台。今では高層ビル群が見えます!
奥に見えるのは通天閣。清水の舞台と通天閣のコラボレーションです。
【 安居神社 】
少彦名神、菅原道真を祀る古社。昌泰4(901)年、菅原道真が太宰府に左遷
される時、河内の道明寺にいた伯母を訪ねて行く途中、ここへ立ち寄ったそう。
その時、道真に同情した村人がおこしを差し上げると、お礼にと菅原家の紋所
「 梅鉢 」をもらったことから、大阪名物の「 粟おこし 」の商標が梅鉢となったと
いわれています。意外なつながりにビックリ!
慶長20(1615)年5月、大坂夏の陣において、豊臣方の武将・真田幸村が
最期を迎えた場所でもあります。
山村いわく、真田幸村を一言でいうと“ 武将が憧れた武将 ” だそう。
幸村は3000の兵を率いて、徳川家康の首をとることだけにターゲットを
定め、突撃を敢行。その鬼気迫る戦いの結果、家康の本陣まで
たどり着き、ついに家康の旗印を倒しました。家康は踏み倒された
自らの旗印を見て、もはやこれまで・・・と2度も切腹しようとしましたが、
側近らによって、なんとか命をつなぎました。
幸村は奮戦を続けましたが、やはり、多勢に無勢・・・
さすがの幸村も追い詰められ、この地で最期を遂げたそうです。
山村が幸村の戦いぶりを臨場感たっぷりにご紹介しました。
大勢の方に自らの戦いぶりをきいてもらって、幸村さんも嬉しかったことでしょう。
【 一心寺 】
文治元(1185)年、法然上人が四天王寺西門の西側あたりに、草庵を結んだことに
始まりとされています。平安末期には後白河法皇もこの地で、西方に沈みゆく太陽に
向かって念仏を唱え、極楽生涯を願う「 日想観 」の修行を行ったといわれています。
大坂冬・夏の陣では徳川家康の本陣はこの地に置かれました。
また「 お骨佛の寺 」としても知られ、江戸時代末期から宗派を問わず人びとが
納骨に訪れ、その納骨でもって「 お骨佛 」がつくられ安置されています。
ご住職さんが建築家でもあるそうで、ミュージアムのような建築もありました。
【 新世界 】
本日のゴールに到着です!すごい、ディープなエリアですね。
私は新世界に行ったのが初めてだったので、ビックリしました

ご参加いただきました皆さま、ありがとうございました。
今後も 「 なにわたび 」 を開催できればと思いますので、
どうぞよろしくお願い致します。
【 散策の後は・・・ 】
新世界といえば・・・ 串カツ。
いつ行くの? 今でしょ!
というわけで・・・
串かつ一本80円~と安さとおいしさを兼ねそろえたネタはなんと40種以上!
レンコン、さつま芋が特においしかったです!
◆ 串カツ・どて焼きの 壱番 公式HP こちら へ
びっくりしたのは、このお店 「 24時間営業 」だそう(笑)
朝ごはんに串カツが食べられるんだ~!
テレビでしか見たことのなかったこの風景を、大阪出身の
会員さまの案内で「 串カツさんぽ 」しました。
いや~、楽しい一日でした。
ご参加いただきました皆さま、ありがとうございました。
「 今度は鶴橋で焼き肉食べたいな~ 」なんて話も出てました~!
散策のご案内 / らくたび代表 山村
添乗・文・写真 / らくたび 森
2012年01月30日
1月28日(土) なにわたび!大坂冬の陣へ

らくたび京都さんぽ恒例の遠征シリーズ。京都散策をより深くお楽しみ
いただくために、これまで、「ならたび(奈良)」、「しがたび(滋賀)」、さらには
「江戸たび(東京)」を実施してきました。
そして・・・この冬、ついに実現したのが、 「なにわたび!」 です。
京都さんぽ初の大阪遠征は、 「なにわたび!大坂冬の陣」 と題して、
大坂冬の陣の最大の激戦地であり、戦国武将・真田幸村が「真田丸」を
築いた玉造エリアから、大坂城へと散策しました。
ご案内は・・・ 戦国スペシャリスト・山村 純也 (らくたび代表)

「好きな歴史上の人物は?」の問いに「豊臣秀吉」と答える山村がご紹介
するこの散策。期待が高まります!

ご案内の山村、参加者24名様、らくたびスタッフ若村、森、の総勢27名にて、
大坂冬の陣へ、いざ出陣~!
駅を出てすぐの商店街には、真田幸村をモデルにしたキャラクターが!
交差点名は・・・
参加者のGさんは真田氏と同じく信州のご出身。戦国随一の武将として
歴史に名を刻む地元のヒーローゆかりの地を歩くことを、楽しみにして
くださっていたそうです。嬉しいですね!
【 鎌八幡 】

大坂冬の陣の時、真田幸村が戦勝祈願に神木に鎌を打ち込んだところ、
真田丸で大勝利をおさめることができ、「必勝祈願の木」として評判に
なったそう。また、「鎌」が「切る」に通じることから、現在では「縁切り」の
ご利益で信仰されています。
【 心眼寺 】
真田幸村の菩提を弔うために、江戸時代に創建された浄土宗の寺院。
門の扉には真田家の「六文銭の家紋」が見られます。
【 どんどろ大師 】

正式名称は善福寺。 通称の「どんどろ大師」は、江戸時代、大坂城代の
大名・土井利位 (どい としつら)が弘法大師 に深く信仰を寄せてこちらに
参拝していたことから “ 土井殿の大師 ” (どいどののだいし)がいつしか
「どんどろ大師」 となったそう(大笑)
ここで、らくたび・若村は早くも戦線離脱・・・?
いや、大阪での講義があるため、お仕事へ向かいました。いってらっしゃ~い!
【 三光神社 】
大坂冬の陣の時に、真田幸村が築いた出城 「真田丸」 と跡地と伝えられ、
境内には幸村が掘ったと伝わる 「真田の抜け穴」 や幸村像が立っています。
ここで、山村が幸村の戦いぶりを熱~く熱~く語り、参加者の皆様は熱心に
耳を傾けてくださいました。
【 玉造稲荷 】
大坂城の鎮守社として信仰されたお社。
境内には豊臣秀頼寄進の石の鳥居と秀頼像があります。
【 聖マリア大聖堂 ・ 越中井 】

大坂冬の陣から遡ること14年前、天下分け目の決戦「関ヶ原の戦い」の時、
細川越前守忠興の妻・ガラシャ夫人が西軍・石田三成の人質になることを拒み、
屋敷のあったこの地で最期を遂げました。

ちりぬべき 時知りてこそ 世の中の
花も花なれ 人も人なれ (細川ガラシャ辞世の句)
真田幸村はじめ、戦国武将のゆかりの地を歩き、いよいよ、大坂城へ登城します。
【 大坂城 】

豊臣秀吉によって築城され、子・秀頼の時代の「大坂夏の陣」で焼け落ちた天守閣は
徳川幕府によって再築されますが、その後の落雷で再び焼失。現在の天守閣は
昭和6年に市民の寄付によって完成され、大阪のシンボルとなっています。
エレベーターで8階の展望台まで上がると、地上50mから広大な大阪城公園と
大阪の街を一望。天下人と同じ風景を見ることができました。
また、館内では 「プチ変身」 もできまして、せっかくなので・・・
Aさん(写真左) : 豊臣秀吉 森(写真右) : 真田幸村 に変~身!
【 淀殿 ・ 豊臣秀頼 自刃の地 】
山村から大坂夏の陣における二人の最期についてのご案内がありました。
この後、JR/京阪・京橋駅まで歩き、この日の「なにわたび!」は無事終了と
なりました。参加者の皆さまからは、「戦国ゆかりの地を歩いてきた後に、大阪城
から見る景色は最高でした」、「京都との違いが感じられた」、「大阪市在住なので
地元の魅力がわかった」などのご感想をいただきました。
さらに、「“大坂冬の陣”が開催されたということは、“大坂夏の陣”もありますよね?」
とのご質問があり、山村からは「ぜひ、開催しましょう」と。
参加者の皆さま、6.3㎞のロングさんぽとなりましたが、お疲れさまでした。
次回は、夏の陣でお会いしましょう~!
ご案内:らくたび代表 山村 純也
写真:らくたび会員 鴨田 一美様
受付・添乗・文・写真:らくたびスタッフ 森 明子